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鹿児島地方裁判所 昭和34年(む)37号 決定

申立人 崎山嗣朝

決  定

(申立人氏名略)

右の者から当庁昭和二十五年(わ)第四四五号被告人宮城正一に対する関税法違反被告事件につき検察官のなした保釈保証金没取に対して昭和三十四年二月二十四日異議の申立があつたので当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

本件異議の申立はこれを却下する。

理由

本件異議申立の趣旨は、本件異議申立書及び当裁判所が申立人に対して取調べをなした調書の各記載のとおりであるが、その要旨は、鹿児島地方裁判所繋属中の被告人宮城正一に対する関税法違反被告事件(昭和二十五年(わ)第四四五号、現在逃亡事件)について申立人が弁護人として申請した保釈許可の件に対し、同地方裁判所裁判官が昭和二十五年八月三日保証金額拾万円で保釈を許可した際に、該拾万円の中八万円については右保釈を申請した弁護人たる申立人の差入れた保証書をもつて保証金に代えることを許可し、これによつて右被告人は保釈出所したのであるが、同被告人は昭和二十五年十一月十六日同地方裁判所法廷で行われた右被告事件の第三回公判に出頭せず、次の同年十二月五日の第四回公判にも出頭しなかつたので、同地方裁判所裁判官は同年十二月六日右被告人に対して勾引状を発付しこれを執行せしめんとしたが、同被告人は既に同年十一月三日頃制限住居たる鹿児島市新町八九番地玉城牛助方より逃亡して行方不明となつていたので、同地方裁判所裁判官は同年十二月十六日前記保釈許可決定を取消すと共に保釈保証金全部の没取をする旨の決定をなした、そして鹿児島地方検察庁検察官は、これが没取決定に基いて申立人に対し、昭和二十九年七月三十一日、同年八月六日に納付命令をなし、更に同年十月十五日、同三十年二月二十二日、同年七月三十日に納付督促をなし、同三十四年二月四日に徴収命令発付をなした、然し乍ら、同地方裁判所裁判官は、前記保釈取消並に保証金の没取決定をなした後、昭和二十六年二月二十二日、同二十八年十一月二十七日の二回に亘つて右被告人の所在捜査方を鹿児島地方検察庁に嘱託したがいずれも行方不明との回答に接し乍ら、そのまま昭和二十九年七月三十一日前記保証書八万円の没取方の執行を同地方検察庁に嘱託したところ、鹿児島地方裁判所書記官は、同年八月五日に到り俄かに前記保釈許可決定の取消決定並に保証金没取決定書の謄本を右被告人の前記制限住居に宛てて書留郵便で発送したのであるが、同被告人が行方不明のため不送達に終り、更に同年九月十日にも同様書留郵便で発送したがこれ亦不送達に終つたものである、然して、前記被告人が逃亡行方不明となつたために保釈許可決定の取消決定並に保証金の没取決定が行われたことは当然合法の措置ではあるが、叙上の如く制限住居に被告人が居住していないことを知悉し乍ら同所に該決定書謄本を書留郵便で送達せんとし、而かも不送達に終つている以上は、本件保釈許可決定の取消決定特に保証書に対する没取決定は、刑事訴訟規則第三十四条の「裁判の告知は、公判廷においては、宣告によつてこれをなし、その他の場合には、裁判書の謄本を送達してこれをしなければならない」との規定に違反するものであるから外部に対しては無効であり、従つて刑事訴訟法第四百九十条によつて叙上の如く鹿児島地方検察庁検察官が申立人に対してなした本件八万円の保釈保証書の没取裁判の執行たる納付命令乃至徴収命令発付は当然違法であるから、これが取消決定を求めるために刑事訴訟法第五百二条によつて本件異議の申立をなすものであると謂うに在ることは、尚前記被告人に対する刑事事件記録及び鹿児島地方検察庁検察官より当裁判所に対する本件保証書に対する没取執行状況についてと題する回答書の記載と対照して明らかである。

よつて、本件異議の申立が相当であるか否かを審按するに、被告人が逃亡した場合における保釈許可取消決定並に保証金没取決定の効力発生の条件については、学説乃至取扱例では、前掲刑事訴訟規則第三十四条に明記されているとおり該決定書謄本が被告人に対して送達されていることが必要であるが、被告人が刑事訴訟規則第六十二条によつて制限住居外に書類送達の場所を届出していない限り、同規則第六十三条によつて告知の方法として該決定書謄本を最後の住居に宛てて書留郵便に付して発送すれば、たとえ現実には不送達に終つても法律上は送達があつたこととなり、該決定の効力が発生するものとしている(法律実務講座刑事編第二巻総則(2)三〇三頁、横川敏雄編、逮捕、勾留、保釈(刑事実務の綜合研究)(二三〇頁以下)。そこで、この解釈に従うときは、本件においては、刑事訴訟規則第六十二条の届出が行われていないことは前記刑事事件記録によつて明らかであり、鹿児島地方裁判所書記官が前記の如く昭和二十九年八月五日に初めて本件保釈許可取消決定並に保証金没取決定書の謄本を書留郵便に付して発送したのは前記被告人の最後の住居に宛てたものであることが明らかであるから、同規則六十三条によつて該決定書謄本は送達の効力を発生し、従つて法律上は該決定は被告人に対して告知されたこととなり、当然該決定の執行力を生じたものと解すべきこととなるので、前記の如く、鹿児島地方検察庁検察官がなした納付命令乃至徴収命令の発付は右書留郵便に付した前に発付した昭和二十九年七月三十一日の納付命令を除いては執行の効力を有するものと言える訳である。然し乍ら、当裁判所は、被告人が逃亡した場合における保釈許可取消決定並に保証金没取決定の効力の発生については、該決定の被告人に対する告知は必要でなく、従つて被告人が最早居住していないことが分つていても、そこへ書留郵便で該決定書の謄本を発送しなければ被告人に対する該決定の告知があつたことにはならないとの叙上の如き学説及び取扱例には到底左担し難い。蓋し、前掲記の刑事訴訟規則第三十四条には但書きとして「但し、特別の定のある場合は、この限りでない」と規定されているが、この但書をもつて特別の例外を明記した条文のある場合に限ると解することは相当でなく、事物の性質上又法全体の構造上当然例外の場合と解すべきものについても適用あるものと解するのが相当である。たとえば、勾引状、勾留状等を発付する裁判の如きはその告知を要しない場合に該当するであろう。被告人が逃亡したために保釈許可決定を取消し尚かつその保釈保証金の没取を決定する裁判の如きは、事物の性質上被告人に該決定の告知をすることは必要でないと解するのが当然である。法は不能を強いることは出来ない。而して他面該被告人の弁護人に対しても該決定書謄本を送達をしていることは実際の取扱例として普通に行われているところであり、本件においても前掲刑事事件記録によれば昭和二十五年十二月十八日に弁護人即ち本件申立人にも該決定書の謄本が送達されている。而かも弁護人による保釈のための保証書差入なる所為は、そもそも被告人の逃亡せざることを保証し、万一逃亡した場合には保証書記載の金額を保証書差入人において責任をもつて納付することを誓約した文書であることは、刑事訴訟規則第八十七条の「保釈の保証書には、保証金額及び何時でもその保証金を納める旨を記載しなければならない」との規定に照らして明らかなところであり、現に、前掲刑事事件記録中の本件申立人が弁護人として提出した保証書にも「右保証金中拾万円也の内現金弐万円也を納入し残額八万円也に就き弁護人たる拙者において引受け一切の責任を負い保証致します」旨が記載されているのであるから、被告人が逃亡したために保釈保証金の没取決定の告知が被告人に対してなされていないと謂う当然起るべき事態をとらえて、もつて該決定の効力がないからとして保証の責任を否定することは、正義を旨とする法全体の機構上から考えても、又保釈制度の健全なる運営の点に顧みても、到底首肯し得ないところである。尚又、刑罰を言渡すところの判決ですら、「被告人が許可を得ないで退廷し、又は秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは、その陳述を聴かないで判決することができる」と刑事訴訟法第三百四十一条が規定していること及び五万円以下の罰金又は科料にあたる事件については、公判期日に出頭することを要しない、これが判決の通知も代理人又は弁護人が判決宣告をした期日に出頭した場合は必要としない旨を規定した同法第二百八十四条、同規則第二百二十二条(罰金等臨時措置法第七条第二項)の法の精神から考えても、結局被告人が逃亡した場合における保釈許可の取消決定並に保証金の没取決定は、被告人に対する該決定の告知を必要としないものと解するのが相当である。

よつて本件異議の申立は理由がないので主文のとおり却下する。

(裁判官 田上輝彦)

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